求人詐欺によろしく

求人票に実際と異なる労働条件を書いて労働者を騙し,労働契約を締結させる「求人詐欺」についてまとめました。

【ブラックジャックによろしく 佐藤秀峰 漫画on web】
ブラックジャックによろしく二次利用規約


表紙

固定残業代


固定残業代



 固定残業代というのは,一定時間分の残業代を予め決めて(固定して)支払うというものです。求人詐欺の手口として最もポピュラーと言って良いかもしれません。
 固定残業代には,基本給の中に含めて支払うもの(組み込み型),手当として基本給とは別に支払うもの(手当型)の2つがあります。
 組み込み型の例としては,「基本給30万円(30時間分の残業手当を含む)」といったものが挙げられます。残業代まで基本給の中に含めて表示することで,給料が高いように見せかけるのです。
 手当型の例としては「営業手当」「役職手当」「OJT手当」「現場手当」等の名目で手当を支払い,残業代の代わりにしてしまう,というものが挙げられます。求人段階ではこれらの手当も含めて基本給として表示し,給料が高いように見せかけます。
 募集段階では固定残業代に全く触れずに,いざ契約段階になって初めて固定残業代を持ち出し,なし崩し的に契約を締結する,という手口もあります。
 なお,厚生労働省は,「若者雇用促進法」の指針の中で,固定残業代の表示について下記の義務を定めています。これは募集の段階から義務付けられるものです(平成二十七年厚生労働省告示第四百六号)。



 固定残業代(名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金)を採用する場合は,
1.固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
2.固定残業代を除外した基本給の額
3.固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うことなどを明示すること。



これらの条件を満たしていない場合,「求人詐欺」と言って良いでしょう。

正社員採用偽装


正社員採用偽装


 募集段階では「正社員雇用」と言っておきながら,入社後になって「試用期間中は契約社員」と言う会社があります。また,そもそも正社員かどうかすら曖昧にして募集するケースもあります。「正社員になりたい」という労働者の切実な気持ちを利用して騙しているのです。

 正社員というのは,「期間の定めの無い雇用」(無期雇用)を意味します。無期雇用の場合,原則として使用者側から一方的に契約を終了することはできません。試用期間が設けられていても同様です。

 他方,契約社員というのは「期間の定めのある雇用」(有期雇用)です。この契約の場合,原則として,期間が終了すればそこで雇用契約は終了します。会社側は,これを利用して「試用期間中は契約社員」とし,試用期間が終わったらそこで契約が終了できるようにしているのです。

しかしながら,「期間の定めのある労働契約を締結したとしても,その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは,期間の満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き,その期間は契約の存続期間ではなく,試用期間であると解するのが相当である」とした判例があります(最高裁平成2年6月5日判決)。

この判例に従うと,「試用期間中は契約社員」として雇用された場合,正社員(無期雇用)として雇用されたと判断される可能性が高いでしょう。期間を設けた趣旨が正に労働者の適性を評価・判断するためのものだからです。そうなると,試用期間が満了しても雇用契約は終了しないことになります。

 
 また,試用期間を「アルバイト」として雇用するケースもあります。なお,アルバイトは,法的に言えば,契約社員と同じく「期間の定めのある雇用」である場合が多いでしょう。

実際にあったケースとして,「新卒正社員募集・試用期間無し」とハローワークに求人票を出しておきながら,実際は「試用期間はアルバイト。その後正社員登用の可能性あり」だった,というものがあります。この会社に入社した方は,正社員になるために必死に働きました。そして,翌年正社員になることができたものの,長時間労働による疲労の影響で,バイクで帰宅途中に電柱に衝突し,亡くなりました。

幹部候補生


幹部候補生


 「幹部候補生として扱う」と言って募集をかけ,いざ入社してみると「幹部候補生だから管理職扱い,だから残業代は出ない」と言う会社があります。

 たしかに,「監督若しくは管理の地位にある者」,いわゆる管理監督者には,残業代が発生しません(労働基準法41条2号。ただし,深夜割増手当は発生します。)

 会社はこのルールを利用するため,「幹部候補生だから管理監督者だ」として,残業代の支払いを免れようとしているのでしょう。
 しかし,「管理監督者」というのは,労働条件その他労務管理について経営者と一体的立場にある者を意味します。そして,これに該当するかどうかは,名称にとらわれず,実態に即して極めて厳しく判断されます。入社したばかりの人が管理監督者に該当することはほぼ無いと言って良いでしょう。

 過去の裁判例において管理監督者への該当性が否定されたものとしては,下記の例があります。

・一般従業員と同じ賃金体系・時間管理下におかれている「取締役工場長」
・出退勤の自由がなく,部下の人事考課等の権限が無い金融機関の「支店長代理」
・ホテルの料理長
・ファストフード店の直営店店長
・音楽院の教務部長,事業部長
・会社支社長

裁量労働制


裁量労働制


 入社する段階になって「裁量労働制が適用されるから残業代は出ない」という会社があります。

 裁量労働制というのは,仕事の進め方について労働者に大幅な裁量を認め,その代わり,労働時間の計算を実労働時間ではなくみなし時間によって行う制度のことです。
 専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があります。

 この制度が適用されると,例えばみなし労働時間を8時間と決めた場合,実際は10時間働いていたとしても,8時間働いたとしかみなされません。
 逆に,5時間しか働いていなくても,8時間働いたとみなされます。
 みなしの結果として,残業をしていないことになりますから,残業代は発生しません(ただし,休日労働と深夜労働についてはみなしの適用はありません)。

 裁量労働制が適用される労働者は,何時に出退社しても自由です。したがって,裁量労働制が適用される場合「遅刻」や「早退」という概念自体存在しないのではないか,とも言いうるのです。

 しかし,この裁量労働制を利用している会社では,多くの場合,労働者に大量の仕事を押しつけますので,自分の決めた時間に出退社することは不可能です。実態として,裁量が無いのです。

 裁量労働の実態が伴わない等として,裁量労働制の適用が否定され,残業代の支払を命じた裁判例もあります(大阪高判平24.7.27労働判例1062号63頁)。

社長になれる


社長になれる


 すぐに独立して社長になれるなどと言って募集をかける会社があります。あたかも独立をサポートするかのような誘い文句ですが,実態は違います。
 実例として,同じフロア内に「社長」が何人もいて,形式的にはみな別の会社だが,実質的には募集をした一つの会社のみから仕事を与えられていた,というケースがあります。つまり,名称が「社長」というだけで,働き方は普通の会社員と同様だったのです。
 「社長」の場合,労働基準法をはじめとする労働者に適用される各種の法律が適用されません。したがって,残業代を払う必要はありませんし,社会保険の保険料を会社が負担する必要もありません。それを狙って「全員社長」という形式にしたのでしょう。
 似たようなケースとして,「全員取締役」というのもあります。取締役も,労働基準法をはじめとする労働関係の法律が適用されません。会社との関係が雇用契約ではなく委任契約だからです。
 会社との契約が労働契約なのかどうかは、契約のタイトル名にとらわれずに、客観的に判断されます。いくら名称をごまかしても,実態が労働契約であれば,それは労働契約であると認定されます。

オワハラとセット


オワハラとセット


 オワハラというのは,「就活終われハラスメント」の略です。第1希望ではない企業から内定をもらった後,あるいはもらう際に,他社の選考の辞退を迫られるという問題です。
 求人詐欺で労働者を騙し,応募してきた労働者に内定を与えた上,他社への選考を辞退させる。そして,辞退させて退路を断ったところで,初めて本当の契約条件を提示して労働契約を締結させる。というように,求人詐欺はオワハラとセットで行われることがあります。
 労働者としては,他社選考を断ってしまうと他に道がありませんので,求人の際の条件と違っても契約を結ばざるを得なくなってしまいます。そして,いったん入社してしまえば,すぐに辞めると再就職も難しくなるという恐れがあることから,なかなか辞められないのです。
 労働者には職業選択の自由がありますので,オワハラに屈する必要は全くありません。安易に他社選考の辞退をしないよう気をつけましょう。強引にオワハラをしてくる会社は求人詐欺を行っている可能性が高いかもしれません。

野放し


野放し


 求人詐欺を取り締まる法律として,職業安定法65条があります。


第六十五条  次の各号のいずれかに該当する者は、これを六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
(略)
八  虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を呈示して、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者
(略)

 しかし,この条文が適用された前例はありません。その原因は,入社後に求人情報と違う労働契約書にサインしてしまった場合,この条文は適用されない,と考えられているからです。労働者も合意して条件の変更がなされたから問題無い,ということでしょう。
 したがって,求人詐欺は取り締まられておらず,野放し状態です。それによって,企業側は労働者を騙して不当に低い労働条件で雇うことが可能になってしまいます。それは賃金の上昇が抑制されることにつながります。労働者は消費者でもありますから,賃金が上昇しなければ,個人消費が伸びず,経済が停滞するでしょう。したがって,求人詐欺は,日本の経済全体にも影響する深刻な問題なのです。

 対策としては,例えば,国の側で,求人詐欺ができないよう,詳細な求人票のフォーマットを作成してその使用を義務付けることが考えられるでしょう。そのフォーマットに「この求人票の内容が契約の内容になります」「この求人票よりも下回る契約は結びません」といったチェック欄を設けるのも一案です。
 いずれにせよ,求人詐欺問題について世論を喚起し,野放しにしないことが重要です。

証拠が大事


証拠が大事


 会社に対して何かアクションを起こす際には,証拠が重要になります。求人票は必ずとっておきましょう。また,求人詐欺をするような企業は労働時間をタイムカードなどで管理しないことがほとんどですので,必ず自分の労働時間を記録しましょう。手帳に出勤・退勤時間をメモする,出勤・退勤の際に近親者等にメールを送って保存する,残業代を記録するスマホアプリを使用する,方法は色々あります。
 会社の言ったことを記録するため,ICレコーダーを常時携帯しておくこともおすすめです。

 求人詐欺をするような会社は様々なごまかしのテクニックを使ってきますが,ほとんどは違法です。ただ,こちらに証拠が何も無ければ戦うことはできません。後で悔しい思いをしないで済むよう,きちんと証拠を取っておきましょう。




【参考文献】
今野晴貴『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)
求人詐欺