年俸制・オール歩合と残業代

 1 年俸制でも残業代の支払は必要

 年俸制とは、1年単位で賃金額を決める、つまり「年俸○○万円」という賃金の定め方をする制度です。

 多くの方は、プロ野球選手や外資系企業の労働者を想像すると思います。ただし、年俸制であっても、毎月1回は賃金を支払わなければなりませんから、年俸額を12で割って月々支給されることになります。

 そんな年俸制で働いている大変多くの方にみられるのが、「年俸制なら、残業代はもらえない」という誤解です。

 年俸制は、「あらかじめ会社で定められた労働時間(所定労働時間)に働いた分として、その年俸額を支払う」というものです。所定労働時間を超えて働いた分(残業分)についても年俸額でカバーされるわけではありません。

 そのため、所定労働時間または法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えて働いた場合には、残業代の支払を求めることができます。当然、残業代だけでなく、休日手当、深夜手当の支払いを求めることができます。

 

 残業代を支払わなくてはならないのは「管理監督者」にあたる場合や、裁量労働制が採用されている場合などに限られます。

 裁量労働制とは、裁量性が高い業務を行う労働者について、たとえば「労働時間を1日8時間とみなす」おと決めておくと、実際の労働が1日10時間でも労働時間が8時間とみなされる制度です。

 もっとも、この制度は厳しい条件を満たす場合にしか導入できません。「管理監督者」にせよ、「裁量労働制」にせよ」、ブラック企業がこれらを理由に残業代の支払を拒めることはほとんどありません。

 

 年俸制を理由に残業代を支払わない会社の中には、そもそも経営者が年俸制を正しく理解せず、残業代が不要であると誤解しているところもありますが、労働者が誤解していることをいいことに、わざと残業代の支払を免れようとしているブラック企業も珍しくありません。

 

2 「年俸額に残業代が含まれる」との反論はほとんど通らない

 年俸制の労働契約書に「時間外割増賃金(残業代)を含む」と記載されているケース、あるいは「残業代は支払わない」とあらかじめ口頭で告げられているケースがありますが、そのような場合であっても、直ちに年俸額に残業代が含まれることにはなりません。

 年俸額に残業代を含めるためには「残業代部分とそれ以外の賃金部分とが明確に区別されていること」という条件を満たさなければなりません。

 つまり、何時間分で何円の残業代が年俸に含まれているかが明らかにされなければならないのです。

 

 たとえば、残業代も含めて年俸360万円(月支給額30万円)と決められていたとしましょう。このケースで「月支給額30万円のうちの4万円が月20時間分の残業代部分である」と示されていれば、この条件を満たしますから、残業代が含まれるという主張は認められるでしょう。

 他方、「年俸額に残業代を含む」なら当然のこと、「年俸額に月20時間分の残業代を含む」としか示されていない場合でも、何時間分で何円の残業代が含まれているか明らかではないですから、残業代が含まれるという主張は認められないでしょう。

 条件を満たさない場合は、実際に計算した残業代全額の支払いを求めることができます。ブラック企業のほとんどはこの条件を満たしていません。

 仮に、残業代が年俸に含まれるとしても、その残業代部分が、実際の残業時間で計算した残業代を下回る場合には、差額の支払いを求めることができます(上の例で、実際の残業時間で計算した残業代が6万円だった場合、2万円の差額の支払いを求めることができます。)。

 

3 歩合制でも残業代の支払は必要

 年俸制と同様に、「残業代は出ない」と誤解されがちなのが、歩合制です。

 歩合制とは、その労働者の業務成果や実績に応じて賃金が定められる制度をいい、「出来高制」、「インセンティブ制」などと呼ばれることもあります。営業職員やタクシー運転手などが典型といえるでしょう。

 また、歩合制には「固定○円+歩合給○円」(固定給と歩合給の併給制)のケースもあれば、「歩合制○円のみ」(オール歩合制)のケースもあります。

 このような歩合制で働く労働者も、労働者である以上、法定労働時間を超えて労働すれば、残業代の支払いを求めることができます。休日手当、深夜手当も同様です。「歩合制だから残業代は支払わない」というまやかしに騙されてはいけません。

 会社は、歩合給に残業代が含まれていると主張することがありますが、これも年俸制の場合と同じ条件を満たさなければ、歩合給に含めることはできませんから、残業代の支払を求めることができます。

 

4 会社に拒否されたら相談を

 年俸制や歩合制で残業代が支払われていない場合、会社が誤解しているだけであれば、会社との交渉により解決する可能性もあります。

 ただし、大半の会社はそう簡単に応じないでしょうから、労働組合や当弁護団の弁護士に相談しましょう。前述の残業代を含めて支給されているかどうかの判断は複雑ですし、計算も複雑です。

 残業代の請求は労働者の権利であり、会社の義務です。決して泣き寝入りせずに、会社から支払ってもらいましょう。

 

(以上、ブラック企業被害対策弁護団著「働く人のためのブラック企業被害対策Q&A」75頁~79頁(三浦佑哉弁護士執筆)より引用)