たかの友梨ビューティ―クリニック(東京)事件

第1 はじめに

たかの友梨ビューティ―クリニックは、売上高160億円(平成25年9月期)、全国120店舗(平成25年9月現在)のエステサロンを有する日本のエステ業界を代表する有名大企業である。そのため、たかの友梨でのマタニティ・ハラスメント(通称「マタハラ」)が明るみに出れば、エステ業界全体に影響を与えるとみられた。
今回報告するたかの友梨ビューティ―クリニック事件は、弁護団と労働組合の連携のもと、和解によって訴訟が解決したにとどまらず、マタハラ問題の抜本的な解決を目指して労働協約の締結にまで至ったという事件である。

第2 本件訴訟の内容

1 事案の概要

Aさん(20代後半、女性)は、たかの友梨においてエステティシャンとして勤務してきた。入社直後から長時間勤務を強いられ、複数の店舗で勤務を行ってきたが、いずれの店舗においても長時間勤務を余儀なくされた。ところが、たかの友梨は、Aさんの長時間にわたる時間外労働に対して残業代を一切支払わなかった。
また、平成25年末に妊娠が発覚したためAさんが産前休暇を取得したいと上司に相談したところ、上司はAさんに対して虚偽の説明を行い、産前休暇の取得を妨害した。さらに、Aさんがより軽易な業務への転換や時短勤務への変更を要望したところ、上司はこれも拒否した。このようなマタハラにあたる対応を受けた結果、Aさんは、精神的苦痛のみならず、切迫早産という身体的苦痛も被った。
そこで、Aさんは、残業代だけでなくマタハラに対する慰謝料の支払いも求めることによって、エステ業界で横行するマタハラを明らかにし、エステ業界全体の労働環境が女性にとって働きやすいものに改善されればと考え、提訴に踏み切ったのである。

2 マタニティ・ハラスメントの具体的な内容

Aさんが受けたマタハラの具体的な内容は、以下のとおりである。

(1) 産前休暇の取得の妨害

Aさんが上司に産前休暇を取得したいと相談したところ、「1年後に必ずフルタイムの正社員として復帰しなければならない。」「出産後1年以内に必ず保育園を見つけると約束することが産休取得の条件である。」といった虚偽の説明を受け、労働基準法65条1項によって保障されている産前休暇の取得を妨害された。

(2) 軽易業務への転換の拒否

エステティシャンの仕事は肉体労働であることに加え、朝も夜も練習があり、労働時間も長時間に及ぶため、妊娠中のAさんにとっては非常に負担の大きいものであった。そのため、妊娠発覚後、Aさんは上司に対し、受付業務に変更してほしいという希望を伝え、軽易な業務への転換を請求したが、拒否された。
これは、妊娠中の女性労働者が請求した場合には使用者は軽易業務へ転換させなければならないと定める労働基準法65条3項に反する。

(3) 長時間勤務等による切迫早産の被害

Aさんは、受付業務への転換を拒否されたためエステティシャンとして働き続けたが、長時間勤務が改善されることはなく、次第におなかの張りや腰痛といった体調の異変を感じるようになった。そのため、Aさんは、時短勤務への変更を請求したが、これも拒否された。
これは、妊産婦が請求した場合には、1週40時間、1日8時間を超える労働や時間外労働、休日労働及び深夜労働をさせてはならないと定める労働基準法66条1項ないし3項に反する。

3 全国同時提訴

平成26年10月29日、Aさんは、残業代及びマタハラに対する慰謝料の支払いを求めて東京地方裁判所に提訴した。そして、同日、たかの友梨の他の社員2名も、残業代の支払いを求めて仙台地方裁判所に提訴した。
このように、東京地方裁判所へ1名が、仙台地方裁判所へ2名が、一斉に提訴し、メディアでも大きく取り上げられた。

4 提訴までの道のり

もっとも、提訴に至るまでの道のりは決して平坦なものではなく、さまざまな壁が立ちはだかっていた。
まず、たかの友梨の代表取締役である髙野友梨氏による組合員に対する数時間にわたる圧迫行為という問題があった。
また、マタハラの被害者が置かれている状況という問題があった。マタハラの被害者のほとんどは、提訴の準備期間中も妊娠中ないしは育児中であるため、弁護団との打ち合わせを行うのも困難であった。
しかし、弁護団とエステ・ユニオンが連携し、家族とも協力した結果、複数回に分けて聴き取りを実施し、ようやく提訴に踏み切ることができたのである。

第3 本件訴訟の解決

提訴後、弁護団とたかの友梨代理人との間で協議がなされ、第1回期日前にAさんが納得する内容で和解が成立し、訴えは取り下げられた。なお、仙台地方裁判所に提訴した事件も同様である。
また、髙野友梨氏による圧迫行為という不当労働行為についても、労働委員会の第1回期日前に和解が成立し、たかの友梨から謝罪と名誉回復の措置があった。

第4 労働協約の締結による労働環境の改善

1 労働協約の締結

弁護団とエステ・ユニオンとの連動により、和解の成立と同時期に、たかの友梨とエステ・ユニオンとの間で労働協約が締結されるに至った。

2 労働協約の内容

(1) 労働基準法違反の是正

たかの友梨とエステ・ユニオンは、労働基準法違反を是正するべく、労務改善計画の策定と実施を行ったうえで、労働基準法にかかわる事項(残業代、休日・有給休暇、休憩)に関する労働協約を締結した。

(2) マタニティ・ハラスメントの改善

たかの友梨とエステ・ユニオンは、より積極的に女性が働きやすい労働環境の実現を目指し、妊娠・出産・育児を抱える女性が安心して働ける労働環境を実現するため、「ママ・パパ安心労働協約」を締結した。
「ママ・パパ安心労働協約」は、産休・育休にかかわる法令の遵守を前提としたうえで、法令に定められた基準を大幅に上回る待遇を実現したものである。
「ママ・パパ安心労働協約」の具体的な内容は、以下のとおりである。
①産休・育休にかかわる法令遵守の約束、社員への正確な情報提供の実施
法令に定められた妊娠・出産・育児・介護等のために必要な措置(休業・業務軽減・時短勤務等)をとることを約束するとともに、全社員と新入社員に対して正確な情報提供を行うことを約束する。
②子育てと仕事の両立を支援する制度の構築
小学校入学までの短時間勤務制度の導入(「3歳の壁」の撤廃)、小学校在学中の所定外労働の免除(「小1の壁」の撤廃)、子育て中の組合員に関するシフト上の配慮、これら独自の制度を採用する。

第5 たかの友梨事件の意義

「ブラック企業」という社会的批判が急速に強まっていく中、たかの友梨は、和解による早期解決を選択するとともに、「ママ・パパ安心労働協約」という現行法の水準をはるかに上回る水準での労働条件を約束する労働協約の締結まで実行した。
その結果、Aさんは「より働きやすい環境」を獲得することができ、他方、たかの友梨も「ブラック企業」というイメージから徐々にではあるが脱却しつつある。
このようなたかの友梨事件を通じて、「ブラック企業」を批判していくことももちろん重要であるが、そこで働き続ける労働者の生活や将来を考えると、労働者側と使用者側による継続的な話し合いを通じて問題を解決し、労働者がより働きやすい環境に改善していくことも新しいブラック企業対策ではないかと思うに至った。