設立趣旨
目次
1. 「社会問題」としてのブラック企業問題
近年ブラック企業問題が急激に日本の社会問題として浮上しています。ブラック企業は違法、過酷な労働を強いる企業として、就職活動を行う学生や若者の間では恐怖の対象となっています。各政党も「ブラック企業対策」を掲げ、国会でも議論されるに至っています。
ブラック企業問題は、今や、日本の一大社会問題といってよいでしょう。
ブラック企業問題の発生
今日的な意味での「ブラック企業」は、2000年代中ごろに、IT労働者たちによって作り出された言葉です。2008年には「ブラック会社に勤めているんだが、もう俺は限界かもしれない」と題する小説が発表され、2009年には同小説が映画化されました。
IT業界は劣悪な労働条件で有名であり、「35歳定年」ともいわれてきました。長時間・低賃金労働を繰り返さざるを得ないため、心身の限界から、35歳までには働き続けることができなくなるというのです。
このような劣悪な雇用は、今日、IT業界だけではなく、小売、外食、介護、保育など、新興産業全般に広がっています。これら新興産業の多くの企業では、従来型の日本的雇用慣行が成立しておらず、「正社員」として若者を採用しても、長期的な雇用や技能育成が行われません。35歳どころか、数年、あるいは数か月で心身を摩耗し尽くし、鬱病と離職に追い込まれることも珍しくはありません。「使い潰す」ことで利益をあげる、「新しい労務管理」が若年正社員の世界に姿を現しているのです。
しかし、これらは成長産業であるために、若年雇用の最大の「受け皿」となっています。個別企業を見ると、若者を大量に採用し、急激な勢いで成長する一方で、過酷労働を強いて「使い潰す」企業が多々見られます。
こうした新興産業の、急成長する大企業で、かつ若者を次々に使い潰す企業が「ブラック企業」として告発されるに至ったのです。
ブラック企業の定義
以上から、ブラック企業とは、狭義には「新興産業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業」であると定義できます。
ただ、一方で、日本社会にはブラック企業問題の登場以前から違法労働が蔓延してきました。サービス残業や、過労死といった問題は、以前から日本社会を覆っていました。
もちろん、若者を採用後数年で使い潰すという現象は、明らかに近年の新しい事態ではあります。数か月から数年で使い潰すという労務管理の広がりが、若者をして「ブラック企業」との告発をせしめました。
しかし、同時に、「ブラック企業」に対する若者たちの告発は、日本社会全体に広がる違法労働をも射程にとらえています。言い換えると、ブラック企業問題を通じて、日本社会全体の労働環境が問われているのです。
したがって、「ブラック企業」を広義にとらえると、「違法な労働を強い、労働者の心身を危険にさらす企業」であると定義できます。
ブラック企業の違法行為
ブラック企業とは、これまでにない「新しい労務管理の体系」を持ち、戦略的に心身を破壊するほどの過酷労働を強いて、若者を次々と使い潰します。こうした「新しい労務管理」は、しかしながら、多くが現行の法規に抵触しています。ブラック企業が行う典型的な違法行為は以下のようなものです。
長時間労働(安全配慮義務違反)
月80時間以上の残業は心身を破壊し、鬱病の罹患、過労死・過労自殺をひきおこす危険があるとされていますが、ブラック企業ではこれをはるかに超える長時間労働が強要されています。
残業代の不払い
「仕事が終わらないのはお前のせいだ」などとして、残業代の不払いが常態化していることも、ブラック企業の特徴です。社内での徹底した圧迫体質によって、残業代を申請させず、「自主的」に長時間のサービス残業を行わせているケースも目立ちます。
詐欺まがいの契約(固定残業代、直前での雇用形態の変更など)
契約前に明示せずに、基本給に固定残業代を含めているとする手法が広がっています。これによって、違法に低賃金・長時間労働を強いるのです。
また、求人や面接での説明と実際の契約書の内容や、入社後の就労実態が異なるということも頻発しています。中には、正社員で入社したはずが、いつの間にか非正規雇用の扱いに代わっているというケースも見られます。
管理監督者制度、裁量労働制の濫用
ブラック企業では、管理監督者制度や、裁量労働制など、既存の法制度を意図的に「誤用」して社員に適用している場合も広く見られます。これらの制度を「適用」して、残業代等を適法に支払わず、危険な長時間労働を強要します。
パワーハラスメント
ブラック企業では過剰な叱責が状態的に行われるほか、解雇したい社員を自ら辞めさせるために、意図的にパワーハラスメントを行使し、鬱病に追いやる場合も見られます。
過労鬱、過労自殺、過労死の隠ぺい
ブラック企業では、長時間過重労働から、多くの若者が心身を破壊されます。しかし、ほとんどすべてのケースで、被害者は労働災害申請ができません。恫喝など様々な方法で申請をさせないのです。結果として被害は私傷病扱いとなり、負担は被害者個人へと転嫁されています。
ここに挙げたケースには、ブラック企業のかなりの割合が該当します。しかし、ほとんどの当事者は司法に訴えることはせず、被害は隠されています。被害者が被害を訴えることができない理由は、社会的な支援を受けることができないためです。
「社会問題」としてのブラック企業
ブラック企業の被害は、社会全体に及びます。鬱病が蔓延し、若者の将来が奪われることで日本全体の技能育成が困難となり、労使の信頼関係が奪われることで生産性も引き下がります。長時間過酷労働や、鬱病の罹患により、少子化も進展してしまうでしょう。
ブラック企業の蔓延は、日本社会全体の縮小へとつながっていくのです。
また、ブラック企業は、優良な雇用を作ろうと法律に則って努力する同業他社の利益を不正な競争で圧迫し、産業の在り方をゆがめます。日本の健全な産業社会を守り、良質な雇用を増やすためにも、ブラック企業の違法行為が是正されなければなりません。
さらに、ブラック企業の蔓延によって若者が鬱病に罹患し働くことができなくなるケースが増えています。その結果、アルバイトなど不安定就業に従事せざるを得なくなり、症状が悪化することで、若くして生活保護の受給に至るケースも見られます。
もちろん、労働市場にブラック企業ばかりが蔓延すれば、生活保護から就労へと移行することも、ますます困難となります。先の国会で「生活困窮者自立支援法」が審議されましたが、ブラック企業の対策なしに、貧困問題の解決は不可能です。
このように、ブラック企業は個別の被害にとどまらず、日本社会全体の問題です。しかし、それにもかかわらず、個別の事例が体系的に「新しい問題」として提起されることはこれまでありませんでした。
2. 活動内容
このような現状に鑑み、私たちはブラック企業の被害者を救済する弁護団を結成します。私たちは、被害者の権利を実現をすると同時に、それらの被害を体系的に調査し、「社会問題」として日本社会に提起していきます。
私たちの活動内容は以下の四点です。
- ブラック企業被害者の法的権利実現
- ブラック企業被害への対応策の研究、情報発信
- ブラック企業被害の調査
- 社会への問題提起
これらの取り組みを通じ、職場で法が順守される社会、ブラック企業によって若者が使い潰されることのない社会を目指していきます。
3. 組織
代表兼事務局長 明石順平弁護士
副代表 新里宏二弁護士
副代表 戸舘圭之弁護士
顧問 佐々木亮弁護士