固定残業代
1 固定残業代性=「長時間のタダ働き」を強いる典型的手段
ある定額手当を残業代の代わりとする制度(「固定残業代制」ともいいます)を使って、「長時間のタダ働き」を強いるブラック企業が増えています。
「営業手当」、「役職手当」、「技術手当」など名目は様々ですが、ブラック企業はその定額手当が残業代の代わりだと言い張り、追加で残業代を支払うことなく長時間労働を課すわけです。
これはと特に悪質な事例ですが、居酒屋チェーン「日本海圧や」の男性労働者は、7万1300円の「役割給」が月80時間分の残業代だと言われ、しかも、実際に月80時間の残業をしなければ「役割給」が減らされるという仕組みの中で、長時間労働を強いられました。月80時間と言えば国が過労死の危険性を認める最低限度です。これが「日本海圧や」では残業時間の当然の前提となっていたのです。
この労働者は、過酷な長時間労働が原因で、入社して4ヵ月後に病気で亡くなりました。なお、この事件では最高裁判所が「日本海圧や」の経営会社に遺族に対する損害賠償を認める決定をしました(日本経済新聞2013年9月26日)。
このように、固定残業代制は、「残業代を抑える便利な手段」かつ「長時間労働を強いる便利な手段」として、多くのブラック企業に悪用されています。
2 固定残業代制はほとんどのケースで違法です
「長時間のタダ働き」を許すような固定残業代制は認められません。「残業したら、その分の残業代がもらえる」という大原則を前提とした固定残業制だけが法律上認められることになります。
つまり、下記の2つの条件を満たす場合にのみ、定額手当を残業代の代わりとすることができます。
①実質的に見て、その定額手当が残業代としての性格を有していること
②定額手当(残業代部分)とそれ以外の賃金部分とか明確に区別できること
上記①②の条件のうち1つでも欠く場合には、残業代の代わりとすることはでっきず、定額手当とは別に残業代の支払いを求めることができます。
以下、簡単に①②の条件を説明します。
①の条件は、就業規則の定め方、労働者への説明、支給の経緯・実態などからして「その定額手当=残業代」といえるのであれば認められます。
この点、そもそも就業規則(給与規定)などで、その定額手当が残業代の代わりであることが示されていなければ、まず①の条件を満たすとはいえません。
仮に示されている場合でも、例えば、下記の事情をある場合には、①の条件を満たしません。
●想定される残業とは無関係に定額手当の金額が決められている
●定額手当が、残業時間が異なる他人にも同じ額支給されている
●立て替えた交通費や事務用品の購入費などの経費負担に対する補償など、他の趣旨で定額手当が支給されている。
②の条件は、正しい残業代が支払われているかを労働者が確認できるようにするために必要とされています。
定額手当に「○○時間分の」「○○円の」残業代が含まれていることが明らかになっている場合であれば、②の条件を満たします。
しかし、「○○手当には残業代が含まれる」としか示されていないような場合、②の条件を満たすとはいえないでしょう。
仮に①②の条件を満たし、定額手当を残業代の代わりとすることができても、定額手当が実際の残業時間で計算した残業代を下回る場合は、その差額の支払いを求めることができます。
この判断は多少複雑ですが、ブラック企業のほとんどはこの条件を満たしていません。ですから、会社で固定残業代制が使われており、「やっぱり手当が少なすぎるのでは?」と疑問に感じたら、労働組合や当弁護団の弁護士にご相談ください。
3 固定残業代制を採用する会社は避けるべき
ブラック企業による固定残業代制の悪用は、入社したときだけでなく、求人時にも見られます。求人情報では残業代を含めた定額手当を強調し、あたかも賃金が高いかのように見せかけて人を集めようとしています。残業代が含まれるいることを聞かされたのは入社後だったというケースも珍しくありません。雇用契約を結ぶ際には、労働条件をしっかり確認するようにしましょう。
2で述べたように、今働いている会社が固定残業代制を悪用するブラック企業であれば、泣き寝入りをせずに、会社と戦うべきです。ですが、最初から固定残業代制であると分かっている会社であれば、入社は避けるべきでしょう。固定残業代制が適法であろうとなかろうと、「うちは残業が多いです」と豪語しているような会社ですから、ブラック企業である可能性は高いといえます。
(以上、ブラック企業被害対策弁護団著「働く人のためのブラック企業被害対策Q&A」81頁~85頁(三浦佑哉弁護士執筆)より引用)